Summary
19世紀以降、社会の近代化に大きな影響を及ぼしたのが非ユークリッド幾何学の発見である。そのうちの射影幾何学とは、西洋絵画史において線遠近法(透視図法)として長い間発展してきたものだ。しかしながらこの新しい幾何学がもたらした高度な科学的飛躍は、芸術として捉えうる領域を越えて、次第に科学と芸術の結びつきを引き離していったのではないだろうか。現代社会がこの科学的成果の上に築かれている事実と、ある時期から絵画が社会的な有効性を示し難くなったこととは、深く関係していると考える。
もし絵画史の流れが、非ユークリッド幾何学の発見による射影幾何学から位相幾何学、リーマン幾何学、非可換幾何学といった高度に抽象化していく理論と歩みを共にしていたならば、果たして現代美術は現在の様な在り方であったのだろうか。
「絵画とは高次元空間を二次元平面に写し取る次元操作の芸術である」
とここに再定義することで、従来の絵画論では捉えきれなかった現代科学理論との接続を図りたい。本個展では数学者の協力を得て、最先端理論が想定する高次元の自然現象を位相的に二次元の絵画平面に写し取る新しい風景画の創出を試みる。また近作で研究してきた、ダ・ヴィンチや北斎の手法から発見した古典の再考、つまり黄金比や√2比、調和比といった自然の造形とも関連が深く、古来から美を規定してきた比例法を現代数学の手法によって絵画平面上に同居させた新しい美のモデルを提示したい。そしてこれら一連の創作が新しい知の体系としての絵画論という道を切り開く礎になればと思う。